「勇気の翼 〜世界を旅する池田のりの物語〜」第1巻バルセロナ編編”Wings of Courage: The Story of Nori Ikeda’s World Travels” Vol. 1 Barcelona Edition
序章:夢への一歩
池田のりは、幼い頃から旅に憧れを抱いていた。学校の図書室で広げた世界地図に、彼の目は釘付けになり、特にスペインのバルセロナにそびえるサグラダ・ファミリアの写真には、胸を高鳴らせたものだった。どこか遠い異国で、まるで空に届くように建つその荘厳な姿は、のりにとって「夢の象徴」となっていた。
しかし、その夢は一度、消えかけていた。十代の頃、脳卒中により片麻痺を抱えることになり、日常生活さえ一変してしまったのだ。リハビリに励む中で、のりは何度も「普通の生活」を取り戻すことに集中せざるを得なかった。そんな中で、旅をするという発想は、自然と遠ざかり、頭の中の「夢の引き出し」にしまい込まれていった。
ある日、のりはふと目にした記事に釘付けになった。「障害者でも安心して旅行できるバルセロナ」と題されたその記事には、車いすや片麻痺の旅行者が現地でどのようなサポートを受けられるか、そしてどのように観光を楽しめるかが丁寧に記されていた。
画面をスクロールしながら、のりは知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。可能性がそこにあると感じたのだ。そして心の奥底でくすぶっていた夢が、また新たな輝きを放ちはじめた。サグラダ・ファミリアを目の前で見たい。その願いが、心の中で再び熱を帯び、のりの心に確かな一歩を刻んだ瞬間だった。
それからというもの、のりはバルセロナについて調べる日々を送るようになった。道の段差や施設のバリアフリー、観光スポットへのアクセス方法まで、時間をかけて丹念に調べた。情報を集めていくうちに、のりは少しずつ自信をつけていった。彼が次にやるべきこと、それは「決断」だった。
「僕が行く場所は、もう決まった。」
部屋の窓の向こうには、広がる日本の空がある。しかし、のりの心の中にはすでに、青空にそびえるサグラダ・ファミリアが映し出されていた。彼の旅はまだ始まっていなかったが、心の中での冒険はすでに幕を開けていたのだ。
第2章:バルセロナ到着と戸惑い
のりは飛行機の窓から広がるバルセロナの街並みに見入っていた。都市を貫く青い海、赤茶色の建物、そして遠くに見えるサグラダ・ファミリアの尖塔が、彼の心を大きく震わせた。
着陸後、のりは空港スタッフにサポートを頼んだ。片麻痺のある彼にとって、旅行の一歩一歩が挑戦であり、サポートは欠かせない存在だ。しかし、バルセロナ空港のスタッフは想像以上に親切だった。英語があまり通じなくても、笑顔とジェスチャーで伝えようとするスタッフの熱意が伝わり、のりは少しずつ安心感を覚え始めた。
タクシーに乗り込み、ついにサグラダ・ファミリアへと向かう道中、バルセロナの街並みに再び目を奪われた。彼が幼い頃から夢見ていたこの場所に今、現実として立っている自分を感じ、心が高鳴る。しかし、彼は言葉の壁と文化の違いに不安を覚えずにはいられなかった。
サグラダ・ファミリアに到着すると、のりはその圧倒的な美しさに言葉を失った。だが、喜びは束の間、入口付近でトラブルが待っていた。観光客の数が多く、動きづらい環境の中で、車椅子の移動が思った以上に難しかったのだ。さらに、片麻痺の影響で片手しか使えないため、写真を撮ることすら一苦労だった。
焦りとともに孤独感がのりの心に広がっていく。人々は観光に夢中で、彼の苦境に気づく様子もない。やがてのりは、バルセロナへの夢が色褪せていくような気持ちになった。
その時、一人の若い女性が彼に近づいてきた。「大丈夫ですか?」と、英語で話しかけてくれたのだ。ボランティアとして活動している彼女は、観光客の中でも困っている人を助けることを日課にしていたらしい。彼女の助けを借りてのりはスロープのあるルートへと案内され、サグラダ・ファミリアをじっくりと楽しむことができた。親切な手助けに、のりの心は再び温かさで満たされていった。
のりは改めて、旅の醍醐味はこうした予期せぬ出会いにあるのだと気づいた。彼は大きく深呼吸し、ボランティアの女性に笑顔で礼を述べた。そして「また、ここへ来たい」と思う気持ちが芽生えた瞬間、自分の中にわずかながら勇気が戻ってきたことを感じた。
第3章:出会いと友情
バルセロナの午後、のりはサグラダ・ファミリアを後にし、グエル公園に向かって歩き始めました。気持ちのいい風が街を吹き抜け、日差しが柔らかく街並みを照らしています。観光客で賑わう通りを歩いていると、ふと、スペイン語で話しかけられました。
「すみません、地図を見せてくれる?」
振り返ると、若い女性が笑顔で立っていました。名前はカロリーナ。彼女も旅行中の一人で、同じく大きな病気を克服した過去を持つと言います。その瞬間、のりは不思議な親近感を感じ、二人は自然に打ち解けていきました。
カロリーナは「私に案内させて」と言い、のりをグエル公園へと連れて行ってくれました。公園は鮮やかなタイルと独特のデザインが広がり、のりの目を引きつけてやみません。カロリーナの説明を聞きながら、公園の中を歩き回ると、彼の心はどんどんと軽くなっていくようでした。タイルの一枚一枚にこめられた色彩の豊かさ、曲線が生み出す不思議な空間、それはただの観光地とは違い、二人の心をつなぐ特別な場所に思えました。
続いて訪れたのはカンプ・ノウ。スタジアムの広さにのりは息を呑み、カロリーナも興奮を隠せません。彼女の説明を聞きながら、のりはスペインのサッカー文化について深く知ることができました。「ここで試合を観られたら…」とカロリーナがつぶやくと、のりも思わずうなずきました。試合が行われていない静かなスタジアムに響く二人の笑い声は、まるで新しい友情の証のように感じられました。
その夜、二人はバルセロナの街に点在する小さなカフェで、病気を克服するまでの道のりや、これからの夢について語り合いました。
第4章:帰国と新たな決意
空港を降り立ったのりは、心の中に湧き上がる達成感と同時に、少しの寂しさを感じていた。バルセロナでの旅が夢のように過ぎ去り、カロリーナとの特別な時間が彼の胸に深く刻まれていたからだ。振り返れば、彼女と見上げたサグラダ・ファミリアの荘厳さや、グエル公園での愉快な会話、カンプ・ノウでの熱気に満ちた応援の声が、昨日のことのように鮮明だった。
帰宅して荷物を解いたのち、のりはパソコンに向かい、旅の思い出をブログに綴り始めた。画面に向かい合いながら、カロリーナが語ってくれた言葉が脳裏によみがえる。
「夢を追う勇気を持つことは、自分の可能性を信じることよ。」
カロリーナの言葉が彼の背中を押してくれたこと、そして彼女との出会いが自分を新たな場所へと導いてくれたことを思い出し、のりはキーボードを打つ手を止め、ふと窓の外を見つめた。彼の心の中に、また一つ新たな夢が芽生えていた。
「次は…パリだ」
その言葉が自分の中で自然に浮かび上がってきた。カロリーナが言っていたように、世界は広く、自分の一歩一歩がその世界をどれだけ広げるかは自分次第なのだ。
しばらくすると、カロリーナからメッセージが届いた。「パリで待ってるわ、一緒に歩きましょう」
その言葉が、のりの心をさらに高ぶらせた。彼女と再び旅を共にできる喜び、そして一緒にパリの美しい街並みを歩くことへの期待が彼の胸を満たした。
新しい夢と共に、のりはブログに最後の言葉を書き加えた。
「勇気を持って一歩を踏み出せば、世界はもっと広がる」
この言葉が、自分と同じように迷いや不安を抱えている読者たちにも、勇気の翼を与えられたらと願いながら。
パリ行きの準備を始めたのりは、自分の中で再び燃え上がる旅への情熱を感じていた。彼の冒険はまだ始まったばかり。
コメント
楽しく読ませていただきました。有り難うございます。
コメントありがとうございます。ものすごく励みになります今後ともよろしくお願いします